「デザインスプリントやりたいけど、5日も時間確保できないよね〜」というセリフは単なる言い訳かもしれません。または必要な人を説得し、集めきれないという、あきらめの気持ちかもしれません。また既存の、そこそこうまく機能しているルーチンを崩したくないという恐れもあるかもしれません。
Design Sprint の誤解の一つに「連続5日間、時間を確保無いと実施できない?!」という認識があります。もちろん十分な時間が確保できるに越したことはありませんが、少ない時間でも工夫次第でデザインスプリントの効果や成果は十分得られると考えています。
◆デザインスプリントは5日間必要?
デザインスプリントにまだ慣れていない場合、普段とは異なるタイプの仕事を、脳をフル回転させて丸一日考え続けるのはとても大変な作業です。大抵の場合、想像以上に疲弊してしまい、1日の最後にはアイデアを絞り尽くしたボロ雑巾のようになっているハズです。そう考えると、連続して行うデザインスプリントでも、1日あたり半日分くらいの実施がちょうど良い場合もあるでしょう。
また「5日は無理だけど短いデザインスプリントをやってみたい」と言われた場合、その真意を捉えるのも重要です。たぶんその背景には次のような要因が隠れています。
●現状はまだ賛同が得られにくいので、必要なメンバーを集めることが難しい →前向きに考えてもらえる3人くらいから、少ない人数でも良いので始めてみる
●必要と思われる参加者が日々の仕事で忙しすぎて、まとまった時間が確保できない →2時間 x 数回など、細かく分割して実施してみる。できれば毎日連続で
●デザインスプリントそのものの成果や効果がわからず、今の段階では5日間数人を集めるような時間の確保や調整が難しい →お試し、体験版のデザインスプリントを実施し、効果や成果を実感してもらう
●必要な人を巻き込めていない。うまく説明できていない →他の成功事例などを提示し、小さめの課題でデザインスプリントし成果を実感
必要な参加者が、全行程すべての時間参加できない場合は工夫が必要です。途中で抜けて議論やアイデアの内容がわからないと、途中参加してもらっても考えが共有できる、想定した成果が得られなくなってしまいます。
例えば決定権を持つエライ人には各フェーズの投票のところだけ、またはアイデアだしのところだけでも参加してもらえるだけでもデザインスプリントの成果が伝えやすく、その後の展開がスムーズになります。少しでも関わってもらうことで「部下が勝手に考えた案」から「自分も参加し、意見や投票をした上で決まった【私たちの案】だ!」という気持ちになる公算が強いからです。
いくつかの短縮デザインスプリントがあり、それぞれ工夫が考えられています。
●あらかじめ準備や宿題をこなしておいて、皆で集まって行う時間が少なくて済むよう工夫する(宿題は、成果にばらつきが出るので注意深く説明し進める必要あり)
●課題やテーマを小さな範囲に限定しておき、短時間で進められるよう工夫する
●網羅性が足りないのは承知の上で、全工程を短く時間圧縮して進めるようにする
●全工程で必要なメンバーが全員集まるのではなく、プロトタイプや検証のフェーズは得意な人で分担して行い、結果だけを皆で共有する場合もあり。その際は、最終結果だけを共有するのではなく、工程や利用者の声など生々しい情報も共有するように
●参加者が慣れていない場合は、本番のテーマでデザインスプリントする前に、軽い小さなテーマで数時間の超短縮版デザインスプリントを体験しておき、手順や流れを把握してもらってから実施する。参加者全員が慣れた状態で行うと説明が少なくて済むため全体として時間が短くスムーズに進むようになる
5日版:理解・定義 / 発散 / 決定 / 試作 / 検証
4日版:理解・定義・発散 / 決定 / 試作 / 検証
3日版:理解・定義・発散 / 決定・試作 / 試作の続き・検証
2日版:理解・定義・発散・決定 / 試作・検証
1日版:理解・定義・発散・決定・試作・検証 全フェーズを1日で
半日 x 2回〜10回版:数日版の分割バージョン。試作や検証は分担するのもあり
半日(数時間)版:超圧縮版または、どこか特定のフェーズのみにフォーカス
1〜2時間版:超圧縮版または、どこか特定のフェーズのみにフォーカス
30分〜45分版:LDJ(ライトニング・ディシジョン・ジャム)の実施
※LDJ(ライトニング・ディシジョン・ジャム)については、Design Sprint Newsletter #004 に解説があります。
5日間のデザインスプリントであれば、時間に余裕があり、途中の軌道修正や多少のやり直しも可能です。ところが実施時間が短いデザインスプリントの場合は、5日版よりも綿密な準備と、スムーズに進行できるよう、全体の流れを見渡し、時間配分を細かく把握しておく必要があるでしょう。
1回1回は毎日連続して行うのが理想です。1週間後、2週間後に次の回となると、それまでの議論やアイデアの背景をすっかり忘れてしまい、それらを思い出し、振り返るだけで時間を消費してしまいます。短時間のデザインスプリントであっても、普段の仕事場所とは違うところで行うと気持ちが切り替わり集中できます。
オライリーのデザインスプリント本には、飛行機に乗る前、空港の待合室で行った、たった1時間のデザインスプリント でも大きな成果が得られた事例が紹介されています。短縮版のデザインスプリントを推奨しているように読み取れてしまうかもしれませんが、やはり一番成果が発揮できるのは5日間、余裕をもったデザインスプリントです。5日間フルで実施したデザインスプリントは次のような状況でした。
●いまここでなんとか打開策を生み出さないと、会社(や事業)が潰れてしまうという状況の時
●締め切りと予算がすでに決まっているのに状況が複雑すぎて誰も正確なことを把握しておらず、どう進めてよいのかわからない状況の時
●企業(やプロジェクト)のトップが素っ頓狂なことを言っていて全然ユーザーのことを考えておらず、それらを説得しつつ良い方向へ進めたい時
デザインスプリントの生みの親のひとり、Jake Knapp 氏は、短めのデザインスプリントが広がりつつあるのは理解しているが、今でも5日間のデザインスプリントがベストだと考えているとのこと。5日間集中して実施すれば、事前の作業や事後の作業なしに、5日間で全て完結でき、そこから大きな学びと成果が得られると考えているそうです。
◆Relay 2021 で編み出された 11の新手法(続き)
Design Sprint Newsletter #007 で紹介した手法に続き、Relay 2021のサイト (https://designsprintkit.withgoogle.com/relay2021/) より抄訳で手法を紹介します。
●本当の心理的安全性とは? (Safety for Authenticity)
誰もが安心して発言できる環境を作るには、どうすればいいのでしょうか?
対面でデザインスプリントを行う場合、「場の空気を読む」ことはとても難しいことです。そのうえリモートでデザインスプリントを行う際、皆の空気を読むことは凡人には不可能に近いことです。そういった背景から、リモートデザインスプリントで心理的・精神的な安全性を高められる方法を検討しました。このような意図的な方法は、全員が安心して参加していると感じられる環境を作り、デザインスプリントをより協力的で楽しいものにし、成功に導くためのものです。
○自然と、ではなく意図的に親密になれるような環境を用意します
デザインスプリントの目標を共有する
参加者と主要なステークホルダーと事前にインタビューを実施しておく
お互いに助け合うペアを組んでおき、スプリントの前に知り合っておいてもらう
アイスブレイクにお互いのことを開示する3つの質問をして相手をよく知る
○価値観を共有し、誰かが特別扱いされないように
発言の仕方や、手順について説明と合意を得ておく
調べたことを短時間で紹介し、多様な話題や視点を共有する
皆を刺激し、個人個人の視点を引き出す
「~の立場を体験する」という練習を取り入れる
皆の話を積極的に聞くだけでなく、自分の意見も押し殺さずに皆に伝えていく
○異なった意見に対する多様性を大切にする
複数のサイズ・色の円形マークを使い、比重を可視化できるドット投票を行う
参加者の投票数(ドット投票の一人当たりの投票数)を同じにする
説明と投票に十分な時間を確保し、最後に急いで投票だけ参加することを避ける
投票前にユーザーのニーズとデザインスプリントの目標を再確認する
可能性を秘めた極端な課題解決がもたらすリスクを考慮する
投票に残らなかった多様なアイデアも、記録しておき活用する道を考える
セーフティマニュアル <https://storage.googleapis.com/designsprintkitlive/relay2021/SafetyManual.pdf> より
●価値を測定する、5つの簡単な質問 (5 Simple Questions to Measure Value)
プロダクト開発のためのスプリントのROI(投資対効果)をどのように設定すれば?
デザインスプリントがGoogle社内を超えて広がり、さまざまな組織で普及するようになりました。既存のビジネスの枠組みを変えるような素晴らしいプロダクトの事例を紹介するだけではなく、それ以上のことが求められています。デザインスプリント手法のROI(費用対効果)をより深く掘り下げることで、デザインスプリント進行役、UX担当者、方針の立案者、あるいはプロダクト担当者が、デザインスプリントの手法としての効果をより適切に示すことができるようになります。
デザインスプリント後の振り返りとして、参加者に次のようなアンケートに回答してもらいます。
デザインスプリントで有効に時間を使えましたか?それはどういった点ですか?
デザインスプリントでの共同作業は役立ちましたか?どのようなところが?
デザインスプリントで新しい知識やスキルが取得できましたか?
今後どのくらいの頻度で、デザインスプリントを実施したいですか?
デザインスプリントで得られたことは、チームにどのような影響を与えましたか?または今後どのような影響を与えると思いますか?
デザインスプリントの効果としては、プロダクト(製品やサービス)のアイデアそのものも評価の対象ですが次のような成果も大切な要素です。
チームビルディングに役立った。チーム内の役割やつながりが強固になった
スピード感をもって事に対処できるようになった
協調や共創の素晴らしさを実感。気持ちが良い方向に切り替わった
仕事の流れを見直す機会になり、新しい働き方を考えるきっかけにまった
顧客第一と口では言うが、実際にはできていなかったことを実感した
どういった要素を重要視するのかを種別ごとに分析したもの
●同時進行ではない非同期での進め方 (Facilitating Asynchronously)
リモートデザインスプリントで、どうやって皆との繋がりを生み出すか?
全員が一堂に会することができない今、コラボレーションの新しい方法を模索する必要に迫られています。また、対面式のデザインスプリントやワークショップの形式を、ますます遠隔化する現在の環境に合わせて成熟させるためには、さらに多くの決め事や工夫が必要です。私たちは、同期型と非同期型の作業のタイミングを見極め、その2つの状態を渡り歩くことで最高の結果を得られるよう、包括的な手法を作成しました。これらのヒントやツール、資料は、デザインスプリントだけでなく、リモートコラボレーションやワークショップにも応用できます。
ここで考えられた手法は、皆が集まって行わなければいけない「同期作業」と、それぞれが持ち帰ってオンライン上で作業を進めておく「非同期作業」とに分け、デザインスプリントのそれぞれの工程を2時間ほどの同期作業で進められるよう工夫が進められました。皆が集まって行うしかない作業や、オンラインツールや録画などを活用し、集まらなくても非同期で進められる作業を分析したのが次の図です。
◆成果は HEART という指標で測る
サービスやプロダクトの価値を測る指標にはさまざまなフレームワークが存在します。デザインスプリントが登場したのと同じころ、GoogleのUXリサーチチームのKerry Rodden氏、Hilary Hutchindon氏、 Xin Fu氏が “Measuring the user experience on a large scale: user-centered metrics for web applications” (大規模なユーザーエクスペリエンスの測定:ウェブアプリケーションのためのユーザー中心の測定基準)という論文を発表しました。この論文で述べられている HEART という指標が、デザインスプリントでも採用されています。サービスやプロダクトの性質によってこれら5つの指標を重視する比重は変わってきます。ポイントは「アクセス数」や「登録者数」などといった単一の指標で評価するのではなく、複数の要素で評価することです。
Happiness:幸福度(満足度をアンケートやネットプロモータスコアで測る)
Engagement:関与(利用者が関与してくれる度合い。頻度、強度、深さなど)
Adoption:採用(そのサービスや、特定の機能を使ってくれている割合)
Retention:継続(解約せずに、そのサービスや機能を使い続けている割合)
Task Success:目的の達成(目的を完了するまでの時間や失敗する率)
◆次回はデザインスプリントに役立つおすすめ本を何冊か紹介する予定です。
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なるほどです。ありがとうございます。
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