◆デザインスプリント、最初にアイスブレイクやる?やらない?
デザインスプリントに限らず、チームメンバーと打ち解けるための最初のアイスブレイクはどうしていますか?アイスブレイクとは初めて出会った人同士や、ミーティングやワークショップの最初に緊張を解きほぐすための手法を指します。言葉どおりその場の硬い「氷を解かす」のです。場が和むようなちょっとした話から始まるアイスブレイクから、道具や材料を用意したアイスブレイク、席から立って体を動かして行うようなアイスブレイクまで様々なアイスブレイクが知られています。
例えばアイスブレイクとしてよく知られる手法にマシュマロチャレンジがあります。時間制限下で、乾燥パスタ数本、テープを数メートル用意し、できるだけ高い構造物を作り、てっぺんにマシュマロ1個を載せる高さを競うゲームです。このマシュマロチャレンジの面白いとこは、必ずしも論理的で数学的・物理的に物事を考えられる大人たちのチームが勝つとは限らず、素早く失敗と試行錯誤を繰り返す子供たちのチームの方が良い結果を出すこともあります。
このマシュマロチャレンジを行うことで、いろいろ口は出すけれど手は動かさない人や、自分は何も試そうとしないくせに他の人が失敗するとこれ見よがしに批判する人、場を仕切って自分が議論の中心になろうとする人、他のチームのことを気にしすぎて自分のチームに集中できていない人など、チームメンバーのネガティブな面が比較的浮き彫りになってくる気がしています。
デザインスプリントの考案者の一人 Jake Knapp 氏は、アイスブレイクを行わないことを推奨しています。その理由は次のとおり
最初の、まだスムーズにコミュニケーションができていない状態で、変に和気あいあいとしたアイスブレイクをしてしまうと、かえって信頼が損なわれてしまうこと
デザインスプリントのために貴重な時間をやりくりして参加したのに、最初に一見「無駄」とも思えることに時間が浪費されているように感じてしまうこと
アイスブレイクの内容にもよるが、最初にアイスブレイクで楽しんでしまうと、その後の真剣さを保つことができなくなってしまうこと
Jakeはアイスブレイクの代わりに、すぐにデザインスプリントを始めることを薦めています。最初は堅苦しかったとしても真剣に取り組むことで、そのうち自然と参加者同士の気持ちは通じ合ってくると述べています。
僕もこの考えには完全同意で、ワークショップに意気揚々と参加した時に、体を動かす系のアイスブレイクをこれ見よがしにやられるのはちょっと苦手です。それよりも本気で話し合うことで、お互いの理解を深めるのが大切です。最初から脇道にそれないで、早く先に進もうよ!という意思の表明としても、個人的には Jakeの「アイスブレイクやらない派」です。ワークショップ形式だから、デザインスプリントだからといって最初に30分、アイスブレイクしなければ!と思い込む必要は無いのです。
アイスブレイク無しですぐにデザインスプリントに取り組んだ場合、最初は少し気まずい感じが漂い、ギクシャクするかもしれません。けれどすぐに皆が落ち着いて打ち解け、真剣に議論し始めるはずです。つまり「打ち解ける」「人となりを知る」といったアイスブレイクで得られると考えている効果は、実は幻で、本当に打ち解けているわけではなく表層的なものでしか無いのかもしれません。本当の信頼は、少し時間がかかるかもしれませんがデザインスプリントの中で生み出されるものであり、それこそが本質なのだと考えます。
ドイツのデザインスプリント専業のエージェンシー AJ&Smart の Jonathan Courtney 氏は「遊び」的なアイスブレイクではなく「真剣な」自己紹介で打ち解ける方法、人となりを知る方法を推奨しています。
Jonathan が薦める手法は、最初の仕事と、その最初の仕事から学んだことを披露しあうことです。ちなみにジョナサンの最初の仕事は「観光地でのカメラマンの仕事」で、学んだことは「突拍子もないことでも、意外なことでも、なんでもお金になる」ことだそう。
アイスブレイクは無い方が良いと納得はしても、やはり初対面の人同士の場合、特にオンラインで会うのが初めてで、まだ全く関係性が構築できていないメンバーが集まった際には、何かしら自己紹介的なアイスブレイクが必要です。
Jonathanの手法に良く似ていますが、比較的うまく機能するアイスブレイクは失敗談の披露です。人は誰しも何かしら失敗してきています。どんな偉い人も、かしこまった人も、人生で何かしら失敗しており、自分を開示し、それを教えてもらうことで、話すことへの心理的障壁が下がり、良い効果を生み出します。もちろん墓にまで持っていくような大失敗を無理やり披露してもらう必要はありません。あくまで笑い飛ばせるくらいのちょっとした失敗談で良いのです。
この失敗談を披露するアイスブレイクは、なにも初対面同士とは限らず、日頃一緒に仕事している人同士でチームを組んだデザインスプリントでも大変有効です。よく知っていると思っていた同僚の意外な一面を知ることができることもあります。
「失敗談」と言うとネガティブに捉えられたり、場の空気が沈んだりしてしまうような場合は「失敗談」と呼ばずに「成長ネタ」や「失敗から学んだこと」と無理やり言い換えるだけで、前向きになることができます。そう考えると、良く知ったチームメンバーの時こそ、ちゃんと時間をとって自己紹介をするのが良いのかもしれません。
ここで注意点は持ち時間と内容です。単に「自己紹介をお願いします」と全員に話してもらうと、子供時代の逸話から延々と自己紹介し始める人がいたりします。一人1分程度で話してもらうだけで大抵は十分です。厳密にタイマーで時間を区切らずともかまいません。「だいたい1分くらいで話してください」とお願いすると、だいたい2分から3分消費されますのでタイムテーブルに余裕をもって組み込んでおきましょう。
Photo by Vika Wendish
◆ドッグフーディングって何?これからはワインテイスティング!
「ドッグフーディング」とは、自分たちが作ったプロダクトを自分たちで使ってみることで使いやすさや不具合を素早く見つけようというテスト手法です。今では広く使われている Gmail や Google Maps, Google Calendar も Google 社内でドッグフーディングされつつ進化してきたプロダクトです。一般ユーザーにリリース前の社内テストの用のバージョンをドッグフードバージョンと呼ぶこともあります。
「ドッグフーディング」の由来ははっきりしないのですが、1980年代、MicrosoftのPaul Maritz氏が自社製品の社内利用率をあげるように社内へ指示するメールの中で「Eating our own Dogfood」という言い回しを使ったのが始まりらしいです。
テクノロジーを活用したデザインの第一人者として知られる John Maeda 氏が、最近「ドッグフーディングと言うのを止めよう。だれもドッグフードを食べたいとは思わないし、自分たちの製品をドッグフードだと考えたくは無い。その代わりに製品の品質を確認したり、製品を試したりするためのアプローチとしてワインテイスティングという言葉を使ったらどうだろう?」と提言しています。
「Eating our own Dogfood(自分たちのドッグフードを食べる)」という言葉が一般的になったのは、1970年代に流行ったALPOというドッグフードのテレビCMに出演していた俳優が、自分の飼い犬にもALPOのドッグフードを食べさせていることに由来しているもようです。なので「ドッグフーディング」と言われてドッグフードを人間が食べることを想像するのはちょっと違いそうです。
けれどもプロダクト開発やサービス開発の場で「ドッグフーディング」と呼ぶと、どうしても人間が嫌々無理やりドッグフードを食べている様子を想像してしまいます。たぶん多くの人々の脳裏には、映画マッドマックスを思い出すのではないでしょうか?食糧難の近未来の荒廃した路上で主人公のマックスが最後の1缶かもしれないドッグフードを食べていた様子が印象深く脳裏に刻まれています。
ですから由来はともかく「ドッグフーディング」の言葉の印象と、それを変えようとする John Maeda 氏の提言も納得です。自社の未完成のプロダクトやサービスを嫌々試す、つまりはマッドマックスのような荒廃した未来の砂漠でドッグフードを食べるよりも、優雅な食事に相性がぴったりのマリアージュを試すためにワインをテイスティングする方が自分たちのプロダクトやサービスを良くしていこう!という気持ちに合っているのではないかと考えています。
映画マッドマックス (1979年) より。食糧難の近未来の荒廃した路上で、主人公のマックス(メル・ギブソン)がドックフードで腹を満たすシーン。Dinki-Diは架空のドックフードで「本物」という意味。
◆Blue Sky Thinking 青空発想:既成概念にとらわれない独創的発想
デザインスプリントの工程では、発想の発散と収束・決定が繰り返されます。皆さんも実感があるかもしれませんが「なんでもいいよ!」と何も制限がないと、逆に良質のアイデアが出てこない場合があります。人間は、なにかしら制限や限定的な要素があった方が発想しやすく、試行錯誤や工夫をしながら発想していく傾向があります。
140文字制限で知られる Twitter の創業者の一人、Biz Stone 氏は「限られたリソースこそがクリエイティブの源泉」だと述べており、デザインスプリントの場面でも適切に「制限」を設けておくのが大切だと考えられる状況に多く遭遇します。
一般的には保守的な大企業に勤める人の方が保守的で、新進気鋭の若手スタートアップに所属する人の方が大胆なアイデアに帰着するように感じますが、さまざまなメンバー、さまざまな状況でデザインスプリントを行うと、逆の場合が多いと実感しています。
実際は、多くの保守的な大企業に所属する人ほど突拍子もない案を出し、常に予算に限界があり、人が足りないスタートアップほど、小さく縮こまった案になりがちです。
さて、デザインスプリントではどう適切な「制限」を設けるのが良いのでしょうか?アイデア発散の後にアイデアを収束させる工程に進むのですが、収束を急ぎすぎるのもよくありません。またアイデアが発散しすぎると適切なアイデアに収束させることが難しくなってきます。
例えば予算額、人数、期間などの制限を設定しておき、または逆にその制限をとても大胆にゆるくしておくことで、発想に余裕や制限が生まれます。例えば「今回、そのアプリの開発には10億円かけてよし。ローンチ後の最初の1年はユーザー数さえ増えれば良くて収益がなくてもOK。さあどうする?」または「半年以内にサービスをリリースしなければいけない。まず最低限必要な機能は?」という感じです。ここで示す数字や期間は実際のプロジェクト開発のための本当の予算やスケジュールではなく、アイデアを適切に発散させる余裕をもった数字であることが重要なポイントです。
制限がない方が自由にアイデアが広がると考えるかもしれませんが、制限をもうけてその制限の範囲内でできるだけ多くのアイデアを出した方がその後の工程が適切に進行します。革新的な旅行サービスを何の制限もなく自由に発想しよう!とアイデア発想を行い「どこでもドア」を開発するアイデアが出てきてもどうしようもありません。成功の秘訣は、実現可能な範囲で、最大限豊かな発想を数多くした中で、適切なアイデアに絞り込むのです。
Photo by Jelleke Vanooteghem
◆さて、今回も前回宣言した予定とは異なる内容になってしまいました。なので今回は特に予定を書かずに、次回もご期待ください! とだけ書いておきます(苦笑)
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